脱炭素からGXへ。150兆円が動かす次の成長マーケット
気候変動対策としての「脱炭素」は、これまでどちらかと言えば 「コスト」「規制対応」「リスク管理」として語られることが多かった概念です。 しかし現在、各国・各地域の政策や企業戦略のキーワードは、 より積極的な「GX(グリーントランスフォーメーション)」へとシフトしつつあります。
GXは、単にCO₂排出を削減するだけではなく、 脱炭素をテコにエネルギー、産業、都市、ライフスタイルを 「成長・競争力・イノベーション」の観点から再設計する取り組みとして位置づけられています。 そこに向けて、今後10年程度で約150兆円規模の投資が動くと見込まれていることは、 そのインパクトの大きさを象徴するものと言えます。
本稿では、「脱炭素からGXへ」という流れの意味合いと、 約150兆円規模の投資がどのような成長マーケットを形成しうるのかを、
- ① 「脱炭素」と「GX」の違い
- ② 約150兆円の投資が向かう主要領域
- ③ 新たに立ち上がる成長マーケットとビジネス機会
- ④ 資本市場・金融の役割変化
- ⑤ 企業・人材に求められるケイパビリティ
の5つの観点から整理いたします。
1. 「脱炭素」と「GX」は何が違うのか
まず、用語としての「脱炭素」と「GX」の違いを簡潔に整理いたします。
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脱炭素(Decarbonization)
主として温室効果ガス排出を削減し、ネットゼロを目指す取り組みを指します。 規制遵守、排出削減義務、環境リスク管理などの文脈で語られることが多く、 「やらなければならないこと」として認識されてきました。 -
GX(グリーントランスフォーメーション)
脱炭素を入口としつつ、エネルギーシステム、産業構造、都市・インフラ、 金融・技術・人材といった経済社会全体の変革を通じて、 新たな成長・競争優位・イノベーションを実現しようとする考え方です。 「コスト」ではなく「投資・成長テーマ」として位置づけられています。
つまり、GXとは「脱炭素をやむを得ない負担として捉える」のではなく、 「エネルギーと産業のアップデートを通じて、中長期の成長エンジンに変える」ことを 意図した枠組みだと言えます。そのために、約150兆円という大規模な投資が 公的・民間の両面から動員されようとしているのが現在の状況です。
2. 約150兆円の投資が向かう主要領域
では、今後想定される約150兆円規模のGX関連投資は、 具体的にどのような領域に向かうのでしょうか。 実際の内訳は政策・制度設計や民間投資の動きによって変動しますが、 大きくは次のようなカテゴリーに整理できます。
1. エネルギー供給側の転換投資
- 再生可能エネルギー発電の新設・リプレース(太陽光・風力・地熱・水力・バイオマス等)
- 系統増強・次世代送配電インフラ(直流送電・系統増強・スマートグリッド等)
- 水素・アンモニア・合成燃料など次世代エネルギー供給インフラ
2. 需要側(産業・建物・モビリティ)の省エネ・電化・燃料転換
- 工場・プラントの高効率設備更新・電化・プロセス革新
- ビル・住宅の省エネ改修、ZEB・ZEH、グリーンビルディング
- モビリティの電動化・次世代燃料車、充電・水素供給インフラ
3. 蓄電・エネルギーマネジメント・デジタルインフラ
- 定置用・モビリティ用蓄電池とそのリユース・リサイクル
- ビル・工場・コミュニティのエネルギーマネジメントシステム(BEMS/FEMS/CEMS等)
- GHG可視化・GXプラットフォーム・シミュレーションツールなどのデジタル基盤
4. カーボンリサイクル・グリーン素材・ネイチャーソリューション
- グリーンスチール、低炭素セメント、バイオベース素材などの素材転換
- CCUS・カーボンリサイクル技術とその実装
- 森林・農地・海域を活用したネイチャーポジティブ型の炭素吸収・生物多様性保全
5. GX金融・カーボンクレジット・市場インフラ
- グリーンボンド・トランジションボンド・サステナビリティリンクローン等
- カーボンクレジット市場・排出量取引制度の整備と関連インフラ
- ESG評価・開示プラットフォーム、データ基盤
これらの領域にまたがって、設備投資・研究開発・デジタル投資・人材育成など、 さまざまな形で資本が動員されることになります。重要なのは、これらを 「個別のプロジェクトの寄せ集め」としてではなく、 エネルギーと産業構造全体の変革ストーリーの中で位置づける視点です。
3. 次の成長マーケットとビジネス機会
約150兆円のGX投資は、単に既存インフラを「省エネ版」に置き換えるだけでなく、 新たな成長マーケットを複層的に生み出します。いくつか象徴的な領域を挙げると、 次のようなビジネス機会が想定されます。
1. 「ハード+デジタル+サービス」を統合したGXソリューション
再エネ・高効率設備・蓄電などの「ハード」に、 デジタル(可視化・制御・シミュレーション)とサービス(運用・保守・ファイナンス)を 組み合わせた統合ソリューションへのニーズが高まります。単に機器を販売するのではなく、 省エネ・脱炭素効果やコスト削減を「成果」として提供するビジネスへのシフトが進みます。
2. グリーン素材・低炭素製品を起点としたサプライチェーン変革
グリーンスチール、低炭素セメント、リサイクル材などの素材選択は、 自動車・建設・機械・消費財など下流産業の製品設計・調達戦略に直結します。 「素材を変える」ことを起点としたサプライチェーン全体の再設計は、 新たな競争軸と付加価値創出の源泉となります。
3. ネイチャーポジティブ・カーボンクレジット市場
森林・農地・海洋などを活用した自然由来の炭素吸収・生物多様性保全は、 カーボンクレジットや自然資本の文脈で新たな市場を形成しつつあります。 プロジェクト設計・測定・報告・検証(MRV)・金融との接続など、 多様な専門性を必要とする領域です。
4. GX人材育成・アドバイザリー・教育市場
企業・自治体・金融機関などでGXを推進するためには、 環境・エネルギー・事業・ファイナンス・データを横断的に理解する人材が必要です。 その育成・認定・派遣、ならびにGX戦略・実行支援のアドバイザリーは、 中長期的な成長市場となる可能性があります。
このように、「150兆円のGX投資」は単なる支出ではなく、 多数の新規市場・付加価値・雇用を生み出す「成長ポートフォリオ」として捉えることができます。
4. 資本市場・金融の役割変化:「GX金融」が前提になる
GXの本格化に伴い、金融・資本市場の役割も変化しつつあります。 従来の「環境配慮型商品の一部」としてのグリーンファイナンスから、 企業全体の戦略・事業ポートフォリオを評価する「GX金融」へと重心が移りつつあります。
- グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンを通じて、 GX投資の資金調達コストやアクセスが差別化される
- 企業の移行計画(トランジションプラン)やネットゼロ戦略が、 投資家・金融機関との対話の中心テーマになる
- カーボンプライシングや規制リスクのみならず、 技術変化・市場需要変化を踏まえた「トランジションリスク評価」が重要になる
- 逆に、GXに積極的に取り組む企業に対しては、 成長機会・イノベーションポテンシャルとしての評価が高まる
つまり、約150兆円のGX投資は、単に設備やプロジェクトに向かうだけでなく、 企業価値評価・融資方針・投資ポートフォリオの前提そのものを変える力を持っています。
5. 企業・人材に求められるケイパビリティ
最後に、「脱炭素からGXへ」という転換期において、 企業・人材に求められるケイパビリティを整理いたします。
1. GXを「サステナ部門のテーマ」で終わらせない経営
GXは環境部門だけで完結するテーマではなく、 事業戦略・投資計画・研究開発・人材戦略と一体で考える必要があります。 経営トップがGXを企業価値向上の中核テーマとして位置づけ、 全社的なロードマップとKPIを設計することが重要です。
2. 「環境×事業×ファイナンス×デジタル」をつなぐ人材
GXを具体的な事業・投資案件に落とし込むためには、 環境・エネルギーの知見とともに、事業モデル、ファイナンス、データ活用を 横断的に理解する人材が不可欠です。既存人材のリスキリングと、 外部専門人材との協働が鍵になります。
3. サプライチェーン・地域との協働能力
GXの多くは、自社単独では完結せず、サプライヤー・顧客・地域コミュニティ・自治体との 連携を前提とします。サプライチェーン全体での排出削減・素材転換・データ連携、 地域との共生・合意形成を進める「協働能力」が問われています。
4. 不確実性を前提とした戦略・ポートフォリオ設計
技術・規制・市場のいずれもが変化途上にあるなかで、 単一のシナリオに依存しないGX戦略・投資ポートフォリオを設計することが重要です。 パイロット・実証・選択肢の確保といった「オプション思考」も有効なアプローチとなります。
約150兆円規模のGX投資は、「脱炭素」という制約条件を、 「次の成長マーケット」として捉え直すための土台づくりだと言えます。
各企業・各プレイヤーは、自らの強み・ポジション・リスク許容度を踏まえながら、 どの領域で、どのようなGXのストーリーを描くのかを具体化し、 単なる「対応」から「戦略的な参入・リポジショニング」へと踏み出していくことが 求められていると言えるのではないでしょうか。