米国政府ミシガン州の石炭火力発電所を冬まで稼働させ続けるため「緊急事態」を主張
エネルギー安全保障とGXのねじれ
2025年冬を前に、米国ミシガン州の老朽石炭火力発電所 J.H.キャンベル・プラントが、 本来予定されていた廃止時期を過ぎてもなお稼働を続けています。 その背景には、米国エネルギー省(DOE)が連邦電力法(Federal Power Act)202(c)条を根拠に 「エネルギー上の緊急事態」を宣言し、発電所の運転継続を命じたことがあります。
しかし、この「緊急事態」認定に対して、ミシガン州司法長官や環境団体、地域メディアなどからは 「虚構の緊急事態(fabricated emergency)だ」とする強い批判が生じており、 法的な争いに発展しています。
本稿では、この事案の概要・論点を整理したうえで、 エネルギー安全保障と脱炭素(GX)の関係をどのように読み解くべきかを考察いたします。
1. 何が起きているのか:J.H.キャンベル石炭火力の「延命」
問題となっているのは、ミシガン州ウェストオリーブに位置する石炭火力発電所 J.H.キャンベル・プラントです。同発電所は1960年代から稼働を続ける老朽設備で、 最大出力はおよそ1,400MW級とされています。
設備の所有者である電力会社コンシューマーズ・エナジー(Consumers Energy)は、 自社の脱石炭方針とミシガン州のクリーンエネルギー政策に沿う形で、 2025年5月末をもって石炭火力の全廃を予定していました。 キャンベル・プラントも同スケジュールで閉鎖される計画でした。
ところが閉鎖直前の2025年春、DOEは連邦電力法202(c)条に基づき 「中西部電力系統の予備力不足の懸念」を理由として、キャンベル・プラントの稼働継続を命じる 緊急命令を発出しました。その結果、当初は夏季3か月間の運転延長(5月末 → 8月下旬)が行われ、 その後も延長が繰り返され、最新の命令では2026年2月中旬までの運転継続が指示されています。
DOEは、冬季の需要ピークや変動性再エネ出力の不確実性を踏まえ、 「系統信頼度を確保するためのやむを得ない措置」であると説明しています。
2. 「緊急事態」の根拠をめぐる攻防
連邦電力法202(c)条は、戦争や自然災害などにより電力供給に重大な支障が生じるおそれがある場合、 エネルギー長官が発電所に対して特別な運転命令を出せるという、いわば「最終手段」の規定です。 今回、DOEはこの条文を用いてキャンベル・プラントの運転継続を命じていますが、 「本当に緊急事態と言えるのか」が最大の争点になっています。
地域の系統運用者であるMISO(Midcontinent Independent System Operator)は、 夏季・冬季ともに「極端な気象条件下ではリスクが高まる可能性はある」としつつも、 基本シナリオでは需要を満たし得る予備力が存在するとの評価を示していました。
それにもかかわらずDOEが繰り返し「緊急事態」を根拠として延長命令を出していることから、 ミシガン州司法長官や環境団体は、 「旧い前提に基づく過大なリスク評価を用いて、存在しない緊急事態をでっち上げている」と主張し、 命令の執行停止(モーション・トゥ・ステイ)を求めています。
つまり、DOE側は「系統信頼度の確保」を前面に掲げ、連邦レベルの権限行使を正当化している一方で、 州側やMISOは「現実の需給状況から見て“緊急”とまでは言えない」と見ており、 連邦と州・規制当局・オペレーターとの間で見解のギャップが顕在化していると整理できます。
3. コストと環境負荷:誰が何を負担しているのか
キャンベル・プラントは、ミシガン州内でも有数の排出源であり、 年間数百万トン規模のCO₂排出に加え、大気汚染物質や石炭灰などの環境負荷をもたらしていると指摘されています。
もともとコンシューマーズ・エナジーは、同プラントを計画通り閉鎖することで、 2040年までに約6億ドル(600ミリオンドル)相当のコスト削減が見込まれると説明していました。 それが緊急命令により延命されることで、 老朽火力の燃料費・維持費・環境対応コストなどが継続的に発生し、 結果的に電力料金や公衆衛生負担の増加につながると懸念されています。
一部報道では、キャンベル・プラントの追加稼働により、 1日あたり100万ドル規模のコストが発生しているとの試算も示されており、 「老朽で非効率な石炭火力を維持するより、計画通り廃止した方が長期的には安い」とする 批判的な論調が目立ちます。
こうしたコストと環境負荷を誰が負担しているのかという観点からは、 「緊急事態」という名目が、実質的には特定の発電技術(石炭)を延命させるための政治的手段として 用いられているのではないか、という疑念も生まれています。
4. エネルギー安全保障 vs. 脱炭素:ねじれの構図
この事案は、「短期的なエネルギー安全保障」と「中長期的な脱炭素・GX」が、 しばしば対立するように見えるという典型的な構図を示しています。
1. 州のクリーンエネルギー政策とのねじれ
ミシガン州は、2040年までに100%クリーンエネルギーを目指す方針を掲げており、 大手電力会社も2030年代以前に石炭火力を全廃する計画を打ち出してきました。
それにもかかわらず、連邦レベルで石炭火力の延命が繰り返されることは、 州政策や企業のトランジション戦略とねじれを生じさせます。 「事業者は規制に従って石炭から撤退しようとしているのに、 連邦が“緊急事態”を理由に撤退を止めている」という構図は、 ビジネス側から見ても予見可能性を損なう要因となります。
2. 信頼性の議論が「脱炭素 vs. 化石燃料」の二項対立になりがちなリスク
電力システムの信頼性は極めて重要であり、 「停電リスクを避けるために一定期間だけ既存火力を動かす」という議論自体は、 どの国・地域でも現実的な選択肢として存在します。
しかし、本件のように系統運用者や州規制当局が 「現時点で深刻な予備力不足は想定していない」とする中で、緊急命令が繰り返されると、 信頼性の議論が「脱炭素 vs. 化石燃料」という 二項対立の政治的テーマに矮小化されてしまうリスクがあります。
3. トランジションの「移行コスト」をどうマネージするか
老朽石炭火力を停止し、再エネ・蓄電・需要側対策・他電源(例:原子力)の組み合わせに移行する過程では、 一時的なコストやリスクが必ず発生します。
重要なのは、その移行コストを、どの程度計画的に、誰がどのように負担するのかという点です。 計画された廃止を直前で覆し、短期的な運転継続を繰り返すやり方は、 投資のタイミングや系統計画の整合性を損ね、結果として移行コストを膨らませてしまう可能性があります。
5. 日本への示唆:緊急対応とGXをどう両立させるか
日本でも、老朽火力の扱い、冬季・夏季ピーク時の供給力確保、 再エネ・蓄電・原子力を含むポートフォリオの設計は、 同様に難しい課題として存在しています。
ミシガン州の事例から日本が学べるポイントを、あえて三つ挙げるとすれば次の通りです。
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① 「緊急事態」を発動する前提条件とプロセスの透明性
どのような系統評価に基づいて、いつ、どのレベルで「緊急」を宣言するのかを、 事前に透明なルールとして定めておくことが、政治的な疑念を避けるうえで重要です。 -
② 州・地域のエネルギー政策との整合性
日本では国と都道府県の関係になりますが、中央政府の判断が、 地域レベルのトランジション計画や事業者の投資計画とどう整合するのかを、 あらかじめ想定した制度設計が求められます。 -
③ 「短期の安定確保」と「中長期のGX」の一体的な議論
緊急時の一時的な火力稼働を完全に否定するのではなく、 それが中長期の脱炭素シナリオの中でどう位置づけられるのかを あらかじめ示しておくことが、社会的な納得感につながります。
ミシガン州の石炭火力延命問題は、単に「米国で石炭が延命されている」というニュースにとどまらず、 エネルギー安全保障・GX・規制権限・政治が交錯する、現代的なトランジションの難しさを象徴する事例と言えます。
日本を含む各国・地域にとっても、同様の状況が今後起こり得ることを前提に、 「緊急対応」と「脱炭素の一貫性」をどう両立させるのかを具体的に設計していくことが、 次のステップとして求められているのではないでしょうか。