世界の鉄鋼生産の約60%を占める組織が、金属製造による気候への影響を測定する枠組みの構築に協力
― 脱炭素時代の「共通ルール」と産業競争力の再編 ―
鉄鋼産業は、世界のCO₂排出の中でも大きな割合を占める基幹産業であり、 各国のGX(グリーントランスフォーメーション)戦略の中核に位置づけられつつあります。 そのなかで、中国と欧州が「グリーンスチール(低炭素鉄鋼)」をどう定義し、 どの指標・基準で評価するかという「ものさし」をそろえ始めている動きは、 単なる技術論やラベリングの話にとどまらず、産業競争力や貿易ルールに直結する重要なテーマになっています。
本稿では、その背景と意味合いを、
- ① 背景:鉄鋼と気候変動政策の接点
- ② 「ものさし」をそろえる動きの中身
- ③ 産業・サプライチェーンへのインパクト
- ④ 日本企業への示唆・求められるケイパビリティ
の4つの観点から整理し、最後に今後の論点を展望いたします。
1. 背景:鉄鋼と気候変動政策の接点
まず前提として押さえておきたいのは、鉄鋼産業が 「エネルギー多消費産業であると同時に、あらゆる産業の基盤を支える上流産業」であるという点です。
- 従来の高炉プロセスでは、鉄鉱石の還元に大量の化石燃料が用いられ、 その結果として多くのCO₂が排出されてきました。
- 一方で、鉄鋼は自動車、建設、機械、インフラなど、多数の産業の「素材インフラ」として欠かせない存在であり、 生産国・消費国ともに、その競争力と安定供給が重要な政策課題になっています。
こうした状況のなかで、 「どのようなプロセス・エネルギーを用いて製造された鉄鋼を『グリーン』とみなすのか」 「CO₂排出量をどのように計測し、比較するのか」 といったルールづくりは、単なる環境ラベルの話ではなく、 将来の投資判断・貿易条件・技術開発の方向性を左右する基盤となりつつあります。
2. 「グリーンスチールのものさし」をそろえる動きとは何か
中国と欧州が「グリーンスチールのものさし」をそろえ始めていると言われる背景には、 大きく二つの流れがあります。
1. 排出量の算定基準・評価指標の共通化
一つは、鉄鋼1トンあたりのCO₂排出量をどの範囲で、どのような方法で算定するかという、 技術的かつ制度的な「ルール」を共有していこうとする動きです。
- 製造プロセスごとの排出量(高炉、電炉、水素還元など)をどこまで細かく区分するか
- 電力由来の排出をどのように扱うか(電源構成・再エネ由来電力の評価など)
- スクラップ利用や副生ガス利用などの効果を、どのようにカウントするか
これらの前提が国・地域ごとに異なれば、「どの鉄鋼がどれだけグリーンか」を比較することが難しくなり、 国際的な取引や投資の判断材料として機能しにくくなってしまいます。 そのため、少なくとも一定の共通枠組みを持とうとする動きが出てきているのです。
2. 貿易・投資を見据えた「互換性」の確保
もう一つの流れは、脱炭素政策が貿易・投資と密接に結びつき始めていることです。
- 輸出入時に「高炭素な鉄鋼かどうか」で扱いが変わるような制度が広がれば、 生産国は輸出市場のルールを無視できなくなります。
- 投資家や金融機関が「グリーンな設備投資かどうか」を判断する際にも、 共通の指標・分類が必要になります。
このため、中国と欧州という大きなプレイヤー同士が、 お互いに全く異なる「ものさし」を持つのではなく、 一定の整合性・互換性を持った枠組みを模索し始めていることは、 国際的な鉄鋼取引や投資の観点からも大きな意味を持ち始めています。
3. 産業・サプライチェーンへのインパクト
「グリーンスチールのものさし」がそろってくることは、 鉄鋼メーカーだけでなく、その下流に位置する多くの産業にも影響を与えます。
1. 「見える化」による競争条件の変化
共通の指標でグリーンスチールが評価されるようになると、 各社のプロダクトカーボンフットプリントの差が、より明確になります。
- 同じ規格の鋼材でも、「排出量の少ないグレード」が市場で選好されやすくなる
- 自動車・建設・機械など下流企業が、自社の製品LCAの一部として鉄鋼を評価しやすくなる
その結果として、価格だけでなく「炭素性能」を含めた新たな競争軸が形成され、 設備投資や技術開発の優先順位にも影響が及びます。
2. 設備投資・技術選択へのシグナル
「どのようなプロセスが、どの指標で評価されるのか」が見えてくることで、 鉄鋼メーカーは長期的な設備投資の判断をしやすくなります。
- 水素還元、高炉から電炉へのシフト、CCUSなどへの投資判断
- スクラップ利用比率の引き上げや、再エネ電力調達へのコミットメント
また、こうした動きはサプライヤーや装置メーカー、エンジニアリング企業にとっても、 新たなビジネス機会のシグナルとなります。
3. データ・トレーサビリティ要求の強まり
共通のものさしで評価するためには、製品ごとの排出量データや電源構成、 原料由来の情報などを追跡・記録する仕組みが不可欠です。
- 工場レベルだけでなく、製品ロット・グレードごとのデータ管理
- サプライチェーン上でのトレーサビリティとデータ連携
その結果として、鉄鋼サプライチェーンにおけるデジタル化・データ基盤整備の重要性は、 さらに高まっていくと考えられます。
4. 日本企業への示唆・求められるケイパビリティ
中国と欧州という二つの大きなプレイヤーが、 グリーンスチールの「ものさし」に一定の整合性を持たせようとしていることは、 日本の鉄鋼メーカー・製造業にとっても看過できない動きです。
1. 「第三のルール」を作る余地の縮小
大きなプレイヤー同士が基準をそろえ始めると、 他の国・地域が全く独自の基準を打ち立てる余地は限定されやすくなります。 日本にとっては、「自国だけのルール」ではなく、 グローバルに通用する枠組みの中で自社の強みをどう位置づけるかが問われます。
2. グリーンスチールを前提とした設計・調達への移行
自動車・機械・建設といった鉄鋼を大量に使用する産業では、 調達ポリシーや製品設計の中に「グリーンスチール」を組み込む発想が必要になってきます。
- どの製品・用途でグリーンスチールを優先的に使うのか
- コストと環境価値のバランスをどう設計し、市場にどう説明するのか
こうした視点を持った設計・調達・サステナビリティ担当者の役割は、 今後いっそう重要になります。
3. データ・LCA人材の重要性
グリーンスチールの評価・選定には、LCAやPCFの理解、データ管理、 海外の基準・分類へのキャッチアップなど、多様な専門性が求められます。
- サプライヤーから提供される環境データの評価・比較
- 自社製品のLCAに鉄鋼データを組み込むスキル
こうした「環境×データ×調達」を横断できる人材・組織ケイパビリティを どう育成していくかが、日本企業にとっての重要な課題になっていきます。
5. 今後の論点:「ルールメイキング」と「実装」の両立へ
中国と欧州がグリーンスチールの基準・指標において歩み寄りを見せることは、 国際的な「ルールメイキング」が本格化するフェーズに入ったことを意味します。 一方で、現場レベルでは、依然として多くの課題が残されています。
- 水素還元やCCUSなどの技術が、どのスピード感で商業レベルに普及していくのか
- 高コストなグリーンスチールを、どの市場・用途で優先的に使い始めるのか
- 評価指標の標準化と、地域・企業ごとの事情をどう両立させるのか
- グリーンスチールとリサイクル・サーキュラーエコノミー戦略をどう統合していくのか
いずれにせよ、「ものさしをそろえる」という動きは、 単なる技術論・定義論ではなく、鉄鋼を起点とした産業全体のGXの方向性を形づくる大きなプロセスです。
企業にとっては、この流れを外から眺めるのではなく、 ルールづくりの議論に参加しつつ、自社の投資・技術・人材戦略を 「グリーンスチール前提」で再設計していくことが求められていると言えます。